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合鴨農法のカモの解体レポート
今年ではなく、去年の2月の体験です。

とても貴重な体験でした。

このときの気持ちを風化させてしまってはいけないと思い、記憶が鮮明なうちに詳細を書き留めておきました。親子でこのような機会に恵まれたこと、すごくありがたいです。一年半以上経った今でも子どもたちは何かにつけこの体験を思い出し、話してくれます。

プリントしたレポートは直接友人知人に見てもらったりしていましたが、もっと広く疑似体験してもらえたらって思って、いまさらではありますがブログにUPすることにしました。


長文ですがおつきあいください。

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いのちが食卓にのぼるまで
    ~合鴨農法のカモの解体レポート~

平成20年2月23日(土)、友人の企画する親子参加型の食と農の勉強会に参加した。合鴨農法でお米を作っていらっしゃるYさんのご好意により、米作りに活躍したカモを教材として、口に運ぶまでの一連の作業を皆で経験しようという企画だった。

《勉強会当日を迎えるまでの心境》
勉強会の2週間前、友人から一通のメールが届いた。定期的に催している勉強会だが、今回は参加者の意見を踏まえて決定したいとのこと。参加者には幼い子供が多い。カモをさばいて調理することをどう思うかという内容だった。私は前向きの返信をした。

数日後企画は決定し、屠殺・解体の現場を見るかどうかは各家庭で判断してほしいとの補足があった。

初めのメールをもらったとき、私は映画「いのちの食べかた」を見たばかりだった。私たちの食卓に普段のぼる豚肉・牛肉・鶏肉・野菜・塩などがどういう風に生産されているかを映したドキュメンタリー映画で、効率よく、無駄なくオートメーション化された工場で動物たちは最期のうめき声をあげていた。

スクリーン越しとはいえ大人の私が大ショックを受けたのだから、果たして我が家の3歳と4歳のこどもたちに実際の屠殺・解体を見せてもいいものだろうか、将来トラウマが残らないだろうか、泣き叫びはしないだろうか、心配だった。何気なく食べているお肉がもともとはいのちだったということは体感させてあげたい、私も知りたい。でも本当に連れていっていいのだろうか・・・。

1週間前・・・3日前・・・2日前・・・前日・・・と、勉強会の日が近づくにつれて私には何とも言えない気持ちが芽生えてきた。貴重な経験が出来ることにはワクワクした感情がある。しかし、事が生命に関わるだけに、重苦しいような申し訳ないような粛々とした別の感情も同居していた。こんな気持ちは「肉を食べる」という同じ行為でも、スーパーのパック入りの肉には抱かない感情だ。

当日を迎え、私たちはK夫妻の農園にお邪魔した。参加者は私たち親子を含め大人17人子ども10人。簡単な自己紹介の後、合鴨農法のカモの役割をカモの提供者、Yさんから教えていただいた。

《合鴨農法とは・・・》
6月の下旬、お米の苗を植えて間もない田んぼに生後一週間のヒナを放す。通常一反につき20羽ということで、Yさんは毎年二反の田んぼに40羽のヒナを放すそうだ。よちよち歩きのヒナはこの頃が一番危険で、野犬やカラスの餌食になることがしばしばある。田んぼの周りは金網で覆い、空からの侵入に備えては糸を張り巡らせて対策する。それでも最終的には一反につき10羽近くのカモが姿を消しているとか。

合鴨農法とは次のような利点がある。田んぼに放されたカモはバタバタと土をかき混ぜて泳ぐので土に酸素が混ざり、根は酸素を吸収し稲がよく育つ。カモが虫や雑草を食べるので農薬を使う必要がない。特にお米にとって天敵のウンカやイナゴに対して合鴨農法は強く、普通の田んぼと比べると被害の出かたが違うとの事だった。カモは2ヶ月間、そうやって苗と共に成長していく。

8月の下旬、稲の穂が実り始める前の頃、カモは田んぼから引き上げられる。これまでカモたちは見向きもしなかった稲の苗だが、さすがに穂が実れば喜んでついばんでしまう。まだまだ子供の小さなカモたちだが、ここでお仕事は終了となる。

小さなカモたち、これからどう過ごすのだろう。直ちに肉にして食べる?―――NO。この頃はまだ食べる部位も少ないし、第一美味しくもない。ではツガイにして翌年の田植えの時期に子供を産ませる?―――これもNO。田植えに合わせて一気にヒナを孵すことはプロでなければ出来ない技術らしい。米作りに活躍した合鴨は、冬の時期まで太らされ、そして食べられるのが一般的な運命なのだそうだ。

《カモたちに祈る》
説明を受けた後、私たち一行は畑の前の空き地に作られた作業場へと移動した。

作業場には八羽の合鴨が鉄カゴの中でグワグワッと身を寄せ合っていた。大人の胸の高さくらいまでコンクリートのブロックが積み上げられ、鉄の棒の両端が固定されていた。イラストなどで見たことのある「豚の丸焼き」を連想させる作業場がそこにあった。やがてここにカモが吊るされることになる。土の上には空っぽの米の袋を敷き、その上で血抜きが出来るようにしてある。カモの足を吊るす黒い強化ビニール紐がわきに置いてあった。

子供たちがカゴの中の合鴨に近づくとYさんは子供たちにクイズを出した。「オスはどっちでしょう。」答えは色のきれいな方。深い緑色の頭をもった首の太い方がオスで、茶色の首の細い方がメスだそうだ。

ここでYさんがすっと立ちあがり、皆に向かって静かに言った。
「これから私たちの食となるためにカモの命をいただきます。皆でお祈りしましょう」
全員がカモに向かって手を合わせ、目を閉じた。少しの時間、皆が皆、敬謙な気持ちだったと思う。

《屠殺》
いよいよ屠殺がはじまる。

Yさんはカゴから一羽のカモを取り出すと、暴れないように両羽根を交差させた。するとカモは身動きが取れなくなる。「羽交い絞め」の語源はここからきていると教わる。

 Yさんはカモを押さえ首を持つと、持ってきた竹串を首の後ろの窪んだところ(ぼんのくぼ)にズブズブーッと一刺しした。一番苦しまずにそして暴れずに死なせることが出来る場所だそうだ。合鴨農法のカモは通常食べられる運命とはいえ、一人でこの作業をすることは気が重くてできないと後でYさんは話してくれた。食べるためだけではなく、せめて学びの役に立てたいと、Yさんは毎年この時期になると何らかの形でカモを提供しているそうだ。今年で合鴨農法の米作りは5年目になるらしい。

場所を提供して下さった農園のKさん(奥さん)は思い立ったように話し始めた。「カモは相手がこれまで育ててくれた、一番信頼していたYさんだから暴れないし、あまり鳴かないんです・・・」声を詰まらせ、うっすらと涙がにじんでいた。 きっと実行しているYさんこそがこの中で一番つらい人だろう。

 竹串のささったまま両足を紐でくくり、棒に吊るす。もうほとんど動かない。首はダラリと垂れている。逆さまになった首を包丁で裂き、血をぬく。目測50ccくらいが米の袋の上にしたった。子供たちが一番衝撃を受けたのはこの瞬間だったようだ。「カワイソー」とか「うわっ」とか、大人の後ろに隠れる子供もいた。

大人たちは「いつも食べているお肉は全部こういう風に誰かがやってくれているんだよ、だからお肉を食べることができるんだよ。」と子供の様子を心配しながら語りかけていた。私も自分の子供たちの肩を抱きながら「見たくなかったら見らんでいいけんね。」と声をかけた。参加者の子供の中では少し大きい小学生の女の子は「いやだ」と言ってこの後、作業場には少しも近寄らなかった。意外だったのは幼稚園・保育園組の小さい子たちの方が、驚きながらも自分たちなりに受け止め、後からぶら下がったまだ暖かいカモの体を触らせてもらっていた。

血抜き中は血がとびちらないように頭を持ったまま10分くらいそのままでいる。その作業はYさんの奥さんが受け持った。八羽いるカモを次々にぶら下げていく。Yさんと共に手伝いにきたGさんは途中私たちに向けて「やってみたい方いますか?」と竹串を片手に声をかけてくださった。貴重な経験だと思い、食べるからにはそこもやってみようと私は思った。恐る恐る「させて下さい」と近寄り、羽根を交差させるところまでさせてもらい、そして、そのあと・・・。できない、竹串をもつことさえもできなかった。肉を食べるということがこういうことだというのをこれまであまり意識しなかったが、このとき私ははっきりと意識した。「いただきます」は通過儀礼ではなくなった。

《毛の処理》
 作業場の横には長机が4つ用意してあり、まな板と包丁が準備されていた。屋内の調理場から、70℃くらいのお湯が入った大鍋が運ばれる。外の作業場は寒く、湯気がもうもうと立っていた。Yさんは説明しながら屠殺されたカモを湯にくぐらせる。こうすると毛がむしりやすくなるそうだ。見学していた参加者は皆ここから作業に加わった。

 カモには、ケモノ臭とでもいうのだろうか、独特のニオイがあり、ゴム手袋をするように勧められた。台の上にカモを乗せ、ひたすら毛をむしる。湿った黒っぽい毛を指にからめ、ごっそりと引っ張る。肌に近い方にはダウンジャケットなどでも見かけるような柔らかそうな産毛が生えていた。そして、それも抜く。プツップツッという肌から抜けるのを感じながらただひたすらに毛をむしる。

こどもたちもゴム手袋をし、少し参加した。小さな子供たちには長机は高くて作業がしにくいからなのか、それともただ飽きたのか、嫌だったのか、理由はわからないが、うちの子たちはさっさとゴム手袋を脱ぎ、炭火おこし部隊に加わりに行った。

 企画主催側の参加者5~6人は、解体の一連の作業が始まると料理の段取りのため交代で作業場を離れた。今日提供されたカモのムネ肉は鴨鍋に、骨付き肉は炭火焼に、レバーや砂ズリなどは煮付けになる。鴨鍋用には出汁をとり、ネギや人参を切っておく。炭火焼のためにはバーベキューセットを二つ準備し、火をおこす。そういったことをやっていたようだ。

カモは、大体の毛がなくなってしまうとスーパーで見慣れた鶏肉に近い感じになった。ニワトリに比べ肌の色はやや青白く見える。パックで買ってきた鶏肉にまれに毛根が一本か二本残っていた経験がある。「えー、気持ち悪いー」とそのとき内心思ったが、ニワトリとカモは違うとはいえ、今思えば流通品はよくキレイに処理してあると感心する。自分でやるとなかなか大変だ。細かいところは毛抜きを使ったが、取り残しが目立った。焼けば目立たなくなるのであまり気にしなくていいとのことで次の作業に移る。

《内蔵の処理》
 包丁で首と尻尾と羽根の先を落としてもらう。この頃にはもう「いのち」ではなく、「食肉」を扱う感覚だった。また、「いのち」を考えないようにしなければ作業ができないとも言える。

「尻尾の付け根には、水の上で生活できるように脂の腺がある」と隣にいたGさんが教えてくれた。合鴨が水辺で、尻尾の辺りをくちばしでつつくのは、この脂を身体中に付けているためだそうだ。尻尾の付け根を観察すると2箇所から白っぽいベタベタしたものが見えた。

内臓を破らないように慎重に、腹側の肋骨の下からお尻にかけて包丁で裂く。内臓は膜で身体にくっついているため、手で身体の内側から膜を外す。お腹から喉もとへ向けてグッと手を入れ、全ての内臓をかき出す。

すると、スーパーでも見かける砂ズリ・しんたま(卵になる前の金柑のような黄身)・ハツ(心臓)・レバー等もでてきた。特にしんたまにはびっくりした。次に生まれる卵・その次に生まれる卵・その次・その次・・・と、順番待ちの大きさで黄色い球体が一匹のカモから6個も7個もでてきた。
腸は中味をキレイに洗えば食べられるとのことだったけれども、時間の関係があるので今日は畑の肥料になるべく、別の袋に入れられた。

《解体》
 次は骨と肉だけになったカモを解体する。  

初めに背骨に沿って包丁で皮を割き、同様に腹側も割く。胴体から骨付モモ肉を切り取る。このときのコツは骨の関節を曲げるようにして包丁を入れ、奥に見える腱を切ってから、胴体に大きく切り込みを入れ、モモの骨を握り、引っ張り取るとうまくいくそうだ。教わるままにやってみた。

手羽とムネは同じ要領で解体し、解体してから手羽肉とムネ肉に切り分ける。

ムネ肉の下にはササミが右と左の2本、縦に張り付いていた。張り付いた膜を包丁で削ぎながら引きはがし、他の肉と共に丁寧にバットの上に並べた。

残った胴体部分はきれいに洗われ、とりがらとしてスープなどに利用できる。

《解体を終えて》
 気持ちのいい作業では、もちろんなかった。貴重な経験だけれども、もう一度機会があったら・・・私は参加しないと思う。いのちが食に変わる瞬間を今の多くの親たちは知らない。知らないというよりも、考えに及んでいないという表現がふさわしいかもしれない。肉は肉として、肉になる前の動物は動物として別のものの感覚を持って接していると思う。私も言葉の上では理解していたが、いのちが召され血が流れる実際の姿を見て、いままでとは全く違う重苦しい気持ちを味わった。

 一羽のカモからはさほど多いお肉は取れなかった。一羽からはもちろん2本の手羽しかとれないし、ササミも2枚しかない。対して、スーパーで売られているパックには一体いくつ入っていただろう。私たちはパックを眺めて「何羽ぶんのいのち」とは普通考えないが、美味しいだの美味しくないだのを言う前にちょっと立ち止まって考える必要があるような気がする。

屠殺見学中、近くのおばあちゃんが通りかかり、様子を覗いていた。残酷な現場は傍からどう見えるのだろう。ふっとそんな思いもよぎり、話しかけてみた。「昔は家で鶏をつぶしていたんでしょう?今はなかなかそんな機会はないから、とても貴重な経験をさせてもらっています。」バツの悪いところを見られた子供が言い訳するような聞き方だった。「うちはニワトリば飼っとるけん、オスは食べにゃんとたい、増ゆっでしょが。だけんつぶすばってん、自分でつぶしたニワトリは食べきらんとよ、思いのこもるけんね。」おばあちゃんは答えてくれた。

《食事会》
 合鴨農法米のごはん、カモ肉の炭火焼、カモ鍋、レバーなどの煮付けを食卓に並べる。こどもたちは食卓に座り、お腹が空いたから早く食べたいと訴え始めた。しかし、待たせてでも皆で揃って食べることにしようと決まった。準備が整い、皆で手を合わせる。

私たちは他者のいのちをいただいている。


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実は今日…解体経験しました
突然のコメントすみません。

実は今日明日合鴨を解体しました25歳(女)です。

私は施設職員を始めて1年目です。


解体の時は、
自らの手で合鴨の首を切りました。その時、
自分の血も心もすーっと落ちていく感じがした記憶が今もあります。
何とも言えない不思議な体験でした。
臨死体験したような…(したことないけど。)


あと、肉を捌くときはもう、食肉としてみており、「肉を残しては勿体ない」と今思えば、自分の野生の感覚が鋭くなっていました。

このトピックにかかれていることは、まさにそうだった!と思い出させてくれるものでした。
自分は文章巧ではないので変わりに、blogにリンクさせてください。

そして私の記憶が残るようにしたいと思います。

かぎあなくん こと
くっちゃー こと
みわちゃん こと
なみ
なみ | URL | 2011/01/13/Thu 00:05 [編集]
なみさん

ご丁寧なコメントありがとうございます。

リンクしていただいてかまいませんが、なみさんのブログも拝見できると嬉しいです。

今振り返ってもやはり重みのある体験でした。
nahoko | URL | 2011/01/14/Fri 22:19 [編集]

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